2013年10月9日水曜日

『あなたは素晴らしいんだから』



わたしが3歳の時、父が亡くなり、
そのあとは母が女手一つでわたしを育ててくれた

仕事から帰ってきた母は疲れた顔も見せずに、
晩ごはんを作ってくれた。

晩ごはんを食べた後は内職をした。
毎晩遅くまでやっていた。



母が頑張ってくれていることは
よく分かっていた。

だけど、わたしには不満もいっぱいあった。

わたしが学校から帰ってきても
家に誰もいない。



夜は夜で母は遅くまで内職。
そんなに働いているのに、
我が家は裕福ではなかった。

遊園地にも連れて行ってもらえない。
ゲームセンターで遊ぶだけの
小遣いもくれない。



テレビが壊れた時も半年間かってもらえなかった。

わたしはいつしか母に強く当たるようになった。

「おい」とか「うるせー」とか
生意気な言葉を吐いた。

「ばばあ」と読んだこともあった。



それでも、母はこんなわたしのために
頑張って働いてくれた。

そして、いつもわたしに優しかった。

小学校6年の時、初めて運動会に来てくれた。
運動神経の鈍いわたしは、かけっこでビリだった。
悔しかった。



家に帰って母はこう言った。
「かけっこの順番なんて気にしなくていい。
あなたは素晴らしいんだから」
だけど、
わたしの悔しさはちっともおさまらなかった。

わたしは学校の勉強も苦手だった。
成績も最悪。
自分でも劣等感を感じていた。

だけど、母はテストの点や通知表を
見るたびにやっぱりこう言った。



「大丈夫。あなたは素晴らしいだから」

わたしには何の説得力も感じられなかった。
母に食ってかかったこともあった。

「何が素晴らしいんだよ。どうせわたしはダメ人間だよ」
それでも母は自信満々の笑顔で言った。



「いつか分かる時が来るよ。
あなたは素晴らしいだから」

わたしは中学2年生になったころから、
仲間たちとタバコを吸うようになった。

万引きもした。
他の学校の生徒とケンカもした。
母は何度も学校や警察に呼び出された。

いつも頭を下げて、
「ご迷惑をかけて申し訳ありません」
と謝った。



ある日のこと。

わたしは校内でちょっとした事件を起こした。
母は仕事を抜けて学校にいつものように謝った。

教頭先生が言った。
「お子さんがこんなに
“悪い子”になったのはご家庭にも
原因があるのではないですか」



その瞬間、母の表情が変わった。
母は、明らかに怒った目で教頭先生を
にらみつけてきっぱりと言った。

「この子は悪い子ではありません」
その迫力に驚いた教頭先生は言葉を失った。

母は続けた。
「この子のやったことは間違っています。
親の私にも責任があります。
でも、この子は悪い子ではありません」

わたしは思い切りビンタを食らったような
そんな衝撃を受けた。



わたしはわいてくる涙を抑えるのに必死だった。
母はこんなわたしのことを本当に
素晴らしい人間だと思ってくれていたんだ…

あとで隠れてひとりで泣いた。

翌日からわたしはタバコをやめた。
万引きもやめた。
仲間たちからも抜けた。

その後、中学校を卒業したわたしは
高校に入ったが、肌に合わなくなって
中退した。





そして、仕事に就いた。
そのときも母はこう言ってくれた。
「大丈夫。あなたは素晴らしいんだから」

わたしは心に誓った。

「これからわたしが頑張って
お母さんに楽してもらうぞ」



だけど、なかなか仕事を覚えられなくて、
よく怒鳴られた。

「何度同じことを言わせるんだ!!」
「少しは頭を働かせろ!」
「あなたはホントにダメなやつだな!!」

怒鳴られるたびに落ち込んだけど、
そんなときわたしの心には母の声が聞こえてきた。



「大丈夫。あなたは素晴らしいのだから」

この言葉を何度もかみしめた。
そうすると、元気がわいてきた。

勇気もわいてきた。

「いつかきっとわたし自身の素晴らしさを
証明してお母さんに見せたい」

そう考えると、わたしはどこまでも頑張れた。



仕事を始めて半年くらい経った時のことだ。
仕事を終えて帰ろうとしていたら
社長がとんできて言った。

「お母さんが事故にあわれたそうだ。
すぐに病院に行きなさい」

病院に着いた時母の顔には
白い布がかかっていた。



わたしはわけがわからなくなって何度も
「お母さん!」
と叫びながらただただ泣き続けた。

わたしのために身を粉にして働いてくれた母。
縫い物の内職をしているときの
母の丸くなった背中を思い出した。

母は何を楽しみにして頑張って
くれてたんだろう?
これから親孝行できると思っていたのに。
これから楽させてあげられると
思っていたのに。



葬式の後で親戚から聞いた。
母が実の母ではなかったことを。

実母はわたしを産んだ時に亡くなったらしい。
母はそのことをいつか
わたしに言うつもりだったんだろう。

もしそうなったらわたしはこう伝えたかった。
「血はつながっていなくても
お母さんはわたしのお母さんだよ」



あれから月日が流れ、わたしは35歳になった。

今改めて母にメッセージを送りたい。

お母さん
わたしとは血がつながっていなかったんだね。
そんなわたしのために昼も夜も働いてくれたね。
そして、お母さんはいつも言ってくれた。

「あなたは素晴らしいんだから」

その言葉はどんなにわたしを救ってくれたか。
どんなにわたしを支えてくれたか。
あれからわたしなりに成長して、
今は結婚して子どももいるよ。



規模は小さいけど、
会社の社長になって社員たちと
楽しくやっているよ。

まだまだ未熟なわたしだけど、
わたしなりに成長してきたと思う。

その成長した姿をお母さんに見せたかったよ。

「あなたは素晴らしい」
と言ってくれたお母さん。



その言葉は間違っていなかったっていう
証拠を見せたかった。
そして、
それを見せられないことが残念でならなかった。

だけど、最近気づいたんだ。

お母さんは最初から
わたしの素晴らしさを見てくれてたんだね。



証拠なんてなくても心の目で
ちゃんと見てくれてたんだね。

だって、お母さんが
「あなたは素晴らしいんだから」
って言う時はまったく迷いがなかったから。

お母さんの顔は確信に満ちていたから。

わたしも今社員たちと接していて、
ついついその社員の悪いところばかりに
目が行ってしまうことがある。



ついつい怒鳴ってしまうこともある。
だけど、お母さんの言葉を思い出して、
心の目でその社員の素晴らしさを
見直すようにしているんだ。

そして、心を込めて言うようにしている。
「きみは素晴らしい」

おかげで、社員たちといい関係が築けて、
楽しく仕事をしているよ。



これもお母さんのおかげです。

お母さん
血はつながっていなくても、
わたしの本当のお母さん。

ありがとう。



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