2013年11月19日火曜日

『花嫁の電話』



加奈子ちゃんが近所に引っ越してきたのは、まだ小学校三年生のときでした。

ときどきわが家に電話を借りに来るのですが、いつも両親ではなく加奈子ちゃんが来るので、おかしいなと思っていたのですが、しばらくしてその訳がわかりました。

加奈子ちゃんのご両親は、耳が聞こえない聴覚障がいがある方で、お父さんは言葉を発することが出来ません。



親御さんが書いたメモを見ながら、一生懸命に用件を伝える加奈子ちゃんの姿を見ていると、なんだか胸が熱くなる思いでした。

今なら携帯電話のメールがありますが、その時代を生きた聴覚障がいを持つ皆さんは、さぞ大変だったろうと思います。

加奈子ちゃんの親孝行ぶりに感動して、我が家の電話にファックス機能をつけたのは、それから間もなくのことでした。



しかし、当初は明るい笑顔の、とてもかわいい少女だったのに、ご両親のことで、近所の子供達にいじめられ、次第に黙りっ子になっていきました。

そんな加奈子ちゃんも中学生になる頃、父親の仕事の都合で引っ越していきました。



それから十年余りの歳月が流れ、加奈子ちゃんが加奈子さんになり、めでたく結婚することになりました。

その加奈子さんが、
「おじさんとの約束を果たすことができました。ありがとうございます」

と頭を下げながら、わざわざ、招待状を届けに来てくれました。



私は覚えていなかったのですが、
「加奈子ちゃんは、きっといいお嫁さんになれるよ。だから負けずに頑張ってネ」

と、小学生の加奈子ちゃんを励ましたことがあったらしいのです。

そのとき「ユビキリゲンマン」をしたのでどうしても結婚式に出て欲しいというのです。



「電話でもよかったのに」
と私が言うと、

「電話では迷惑ばかりかけましたから」
と加奈子さんが微笑みました。

その披露宴でのことです。新郎の父親の謝辞を、花嫁の加奈子さんが手話で通訳するという、温かな趣向が凝らされました。



その挨拶と手話は、ゆっくりゆっくり、お互いの呼吸を合わせながら、心をひとつにして進みました。







「花嫁加奈子さんのご両親は耳が聞こえません。お父さんは言葉も話せませんが、こんなにすばらしい花嫁さんを育てられました。障がいをお持ちのご両親が、加奈子さんを産み育てられることは、並大抵の苦労ではなかったろうと深い感銘を覚えます。嫁にいただく親として深く感謝しています。加奈子さんのご両親は“私達がこんな身体であることが申し訳なくてすみません”と申されますが、私は若い二人の親として、今ここに同じ立場に立たせていただくことを、最高の誇りに思います」



新郎の父親の挨拶は、深く心に沁みる、感動と感激に満ちたものでした。

その挨拶を、涙も拭かずに手話を続けた加奈子さんの姿こそ、ご両親への最高の親子孝行だったのではないでしょうか。

花嫁の両親に届けとばかりに鳴り響く、大きな大きな拍手の波が、いつまでも疲労宴会場に打ち寄せました。



その翌日。新婚旅行先の加奈子さんから電話が入りました。

「他人様の前で絶対に涙を見せないことが、我が家の約束ごとでした。ですから、両親の涙を見たのは初めてでした」

という加奈子さんの言葉を聞いて、再び胸がキュンと熱くなりました。




追記:HP・「NTT西日本」コミュニケーション大賞受賞作品より


私の知っている人も、御両親が耳の障害を持っていらっしゃって、立派な方がいます。

口でのコミュニケーションの大切さは言うまでもありませんが、子供の躾とはいったい何だろう?と思いますね。

口うるさく世話ばかり焼いている親がいますが、子はいつものことだと無視です。



大切なことは親の生き様、生きる姿勢だと思います。

一挙一動です。何も言わなくても、子は見ていて真似るものです。

もちろん、私が立派な親というものではなく、反省の弁でもあります。


0 件のコメント:

コメントを投稿