2013年11月12日火曜日

『最後のおべんとう』



私が看取った患者さんに、
スキルス胃がんに罹った男性の方がいました。

余命3か月と診断され、
彼は諏訪中央病院の
緩和ケア病棟にやってきました。

ある日、病室のベランダで
お茶を飲みながら話していると、
彼がこう言ったんです。



「先生、助からないのはもう分かっています。
だけど、少しだけ長生きをさせてください」

彼はその時、42歳ですからね。

そりゃそうだろうなと
思いながらも返事に困って、
黙ってお茶を飲んでいました。



すると彼が、

「子供がいる。子供の卒業式まで生きたい。
 卒業式を父親として見てあげたい」

と言うんです。

9月のことでした。

彼はあと3か月、
12月くらいまでしか生きられない。



でも私は春まで生きて
子供の卒業式を見てあげたい、と。

子供のためにという思いが
何かを変えたんだと思います。

奇跡は起きました。
春まで生きて、卒業式に出席できた。



こうしたことは
科学的にも立証されていて、

例えば希望を持って
生きている人のほうが、

がんと闘ってくれる
ナチュラルキラー細胞が
活性化するという研究も発表されています。



おそらく彼の場合も、

希望が体の中にある
見えない3つのシステム、
内分泌、自律神経、免疫を
活性化させたのではないかと思います。

さらに不思議なことが起きました。



彼には2人のお子さんがいます。

上の子が高校3年で、下の子が高校2年。

せめて上の子の卒業式までは生かしてあげたいと
私たちは思っていました。







でも彼は、余命3か月と言われてから、
1年8か月も生きて、2人のお子さんの卒業式を
見てあげることができたんです。

そして、1か月ほどして亡くなりました。

彼が亡くなった後、
娘さんが私のところへやってきて、
びっくりするような話をしてくれたんです。



私たち医師は、
子供のために生きたいと言っている
彼の気持ちを大事にしようと思い、

彼の体調が少しよくなると
外出許可を出していました。

「父は家に帰ってくるたびに、
 私たちにお弁当を作ってくれました」

と娘さんは言いました。

彼の家は母親が頑張って働いて居たので、
せめてお弁当だけでも、と彼が作っていたのですね。



そして、彼が最後の最後に家へ帰った時、
もうその時は立つこともできない状態でした。

病院の皆が引き留めたんだけど、
どうしても行きたいと。

そこで私は、

「じゃあ家に布団を敷いて、
 家の空気だけ吸ったら戻っていらっしゃい」

と言って送り出しました。



ところがその日、
彼は家で台所に立ちました。

立てるはずのない者が最後の力を
振り絞ってお弁当を作るんですよ。

その時のことを娘さんは
このように話してくれました。



「お父さんが最後に作ってくれた
 お弁当はおむすびでした。

 そのおむすびを持って、
 学校に行きました。

 久しぶりのお弁当が嬉しくて、嬉しくて。

 昼の時間になって、
 お弁当を広げて食べようと思ったら、
 切なくて、切なくて、
 なかなか手に取ることができませんでした」



お父さんの人生は40年ちょっと、とても短い命でした。

でも、命は長さじゃないんですね。

お父さんはお父さんなりに精いっぱい、必死に生きて、
大切なことを子供たちにちゃんとバトンタッチした。



0 件のコメント:

コメントを投稿